2022.04.07
週刊少年ジャンプで『ドラゴンボール』が最終回を迎えた1995年――その7年後となる2002年の12月、『ドラゴンボール』の完全版コミックス(全34巻)の刊行が始まりました。その表紙は、白と青を基調とした旧ジャンプ・コミックス版(全42巻)とは打って変わって赤一色に彩られ、大ベストセラーに。
書籍やコミックスの表紙をデザインすることを「装丁」といいますが、ドラゴンボール完全版の装丁を手掛けたのはブックデザイナーのシマダヒデアキさん。『SLAM DUNK 完全版』(井上雄彦)や『青の祓魔師』(加藤和恵)、『東京喰種』(石田スイ)に『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)など、集英社作品だけでも数々のベストセラー作品を担当している、「漫画デザイナーのレジェンド」と呼ばれる存在です。
実は『週刊少年ジャンプ』の今のタイトルロゴも、シマダさんが20年以上前にデザインしたもの。鳥山明先生との打ち合わせの末、あの大胆な表紙はどのようにして生まれたのか。ドラゴンボール完全版の制作経緯と「漫画の装丁」の世界について、シマダさんに話を伺いました。
※取材は、新型コロナウイルス感染症の予防対策を講じた上で実施しました
語り手:シマダヒデアキさん
ブックデザイナー/株式会社ローカル・サポート・デパートメント代表取締役。1988年に雑誌デザインの世界に飛び込み、1990年から㈲バナナグローブに入社。1997年から2年ほど『週刊少年ジャンプ』の表紙デザインを担当した後、2000年に独立。『SLAM DUNK』『ドラゴンボール』の完全版など漫画の単行本の装丁を手がける。他に『ドラゴンボール』ジャンプ・コミックスの新装版やフルカラー版、『Dr.スランプ』完全版など。2010年にデザイン事務所「ローカル・サポート・デパートメント(通称L.S.D)」を立ち上げる。
聞き手:黒木貴啓
編集者・ライター。編集プロダクションに勤務する傍ら、漫画に関するレビューを書いたりイベントを企画したりしている。2022年は仮面民俗学のリトルプレスを制作予定。Twitter:@abbey_road9696
――多くの漫画ファンが、知らず知らずのうちにシマダさんのデザインに触れてきたと思います。どのような経緯で漫画の装丁の世界に入られたのでしょうか。
シマダ:最初は装丁と全然関係ない仕事をしていたんです。京都の舞鶴で生まれ、高校卒業後、佐賀の鳥栖で食品会社の物流センターに就職。フォークリフトでマヨネーズの箱を倉庫に三段積みする日々を送っていました。
もともと絵は好きで、物流の仕事をしながらかなりの数を描いていました。20歳のときに東京に転勤するんですが、サラリーマンもキツいし、絵の世界にも入りたかったので、すぐ辞めて絵に関する仕事を探してみたんです。
1、2年はバーのバイトでなんとか生計を立てていたところ、求人誌でデザイン会社の募集を見つけまして。面接で「レイアウトはできますか?」と聞かれ「できます」と嘘をつき、わけも分からぬまま入社しました(笑)。
その会社は百科事典やバイクの本、ファッション誌などさまざまな書籍・雑誌のデザインを手掛けていたんですが、何でもやって仕事を覚えていきました。とにかくお金がなかったので、いっぱしのデザイナーになろう、人に認められる成果物をつくれるようになろうと必死でしたね。
――すべてはハッタリから始まったと。
シマダ:その後会社が潰れて、2軒目のデザイン会社もすぐ倒産してしまい……。路頭に迷っていた23歳、縁あって「バナナグローブスタジオ」に入れたんです。漫画やアニメ、ゲームの雑誌や書籍のエディトリアルデザインを主体にしたデザイン会社で、当時から集英社さんの関連本を手掛けていました。
最終的に10年間働くことになるのですが、始めは『ロマンシング サ・ガ』や『ファイナルファンタジーシリーズ』といったゲームの攻略本のレイアウトを組んでいました。ゲームつながりで次第に『Vジャンプ』を担当し、漫画の中ページもデザインするようになっていきます。
――そこから、どんな経緯で漫画の装丁をすることに?
シマダ:きっかけは入社5年目あたり、『週刊少年ジャンプ』の表紙をやるようになってからですね。
集英社で『Vジャンプ』の初代編集長を務めていた鳥嶋和彦さんが、1996年に『週刊少年ジャンプ』の編集長になるんですが、その際にタイトルのロゴをリニューアルすることになりました。そこで、何社かのデザイン会社でコンペが行われたんです。
――鳥嶋さんって鳥山明ファンの間では「マシリト」のあだ名でおなじみの、あの鳥嶋さんですね。
シマダ:絶対に通らないだろうと思いつつラフ(※)を出してみたら、通っちゃったんです(笑)。
それまでは角も丸みを帯びた柔らかいフォントだったので、もっと「ガンダム」っぽく強そうなイメージにしようと、パキッとエッジのきかせた形にデザインしてみました。
おなじみのジャンプパイレーツも、なんとなく炎のなかに入れてみたらカッコいいんじゃないかと思ったんです。鳥嶋さんからも「いいじゃんこれ」と好評で、最終的には「燃やしてくれてありがとう」とお礼まで言われました。
※ラフ:デザイン業界で制作に着手する前に先方に提出する、おおまかなイメージ画像。
――それが20年以上変わらず今のジャンプの表紙にあるのはすごいですね。
シマダ:歴代で一番長いらしく、うれしいですね。
1997年から2年ほど、ジャンプの表紙のデザインも任せていただきました。『NARUTO』(岸本斉史)の連載開始号では忍者の話だからと、「ドドン」の文字と煙を入れたのを覚えています。
2000年に独立してフリーランスのブックデザイナーになるのですが、ジャンプでの経験もあって漫画の装丁の依頼もいただくようになりました。集英社さんの作品で初めて手掛けたのは、『SLAM DUNK』の完全版(2001年~2002年、全24巻)。自分にやらせていただけるんだって驚きました。
同作はありがたいことにベストセラーとなり、『ドラゴンボール』をはじめ他の名作の完全版を担当する機会も増えていきました。2010年にはデザイン事務所「ローカル・サポート・デパートメント(通称L.S.D)」を一人で立ち上げ、そこからさらに漫画の装丁をやるようになります。
――『ドラゴンボール』の完全版は2002年12月に1・2巻が発売。そこから月に2巻ずつ、約1年半かけて全34巻が刊行されました。表紙のデザインはいつ頃から着手したんでしょうか。
シマダ:『SLAM DUNK』完全版の最終巻が2002年2月に出た後、ありがたいことに『ドラゴンボール』完全版のお話をいただきまして。7月くらいに初めて表紙のデザインのラフをお見せしに、鳥山先生のプロダクションへ打ち合わせに行きました。
それが鳥山先生との初対面だったんですが、たまたま奥様が外出中で、先生にお茶を入れてもらったのをよく覚えています。「お茶をどうぞ……!」「いやいやいやいや!」と、すっかり恐縮しつつも感無量でした(笑)。
――お茶を味わう余裕もなさそうですね(笑)。
シマダ:ラフをお見せしようとしたところ、すでに4巻分くらいの表紙のイラストができていました。1巻には如意棒を構える少年期の孫悟空。2巻には飛び跳ねる亀仙人、3巻には蹴りのポーズを決めたクリリン……と、現在の形のモノがほぼ完成していて。
先生はキレイなグリーンがお好きで、キャラクターの背景もその色で塗られてありました。そこで「ちょっと自分の意見もいいですか?」と、持ってきていた赤背景のラフを恐る恐るお出ししたんです。
――なぜ赤色にしたんです?
シマダ:2002年は日韓ワールドカップが開催された年でした。当時テレビに映った韓国代表試合の応援席がユニフォームの色で真っ赤っかで、熱気がすさまじかったんですよね。視覚的に強烈なインパクトがあって、漫画の表紙も真っ赤なものがずらっと書店に平積みされたらカッコいいだろうなと、ラフに取り入れてみたんです。
「先生どうでしょうか?」と尋ねたところ、「うん、面白いかもね!」と賛成してくださって、赤に決定しました。
――ドラゴンボールの単行本といえば白と青のイメージが強かったので、見かけたときはびっくりしました。
シマダ:キャラクターにかかる照り返しの色合いも、最初は背景のグリーンに合わせて緑がかっていたんですが、先生がわざわざ赤系に塗り直してくださいました。
タイトルロゴも旧コミックス版では「DRAGON BALL」と大文字でしたが、収まりがいいので「Dragonball」と小文字にして、書体もコンデンスという縦に細長いものにしています。いろいろと自分のアイデアで趣向を凝らしましたが、先生からも「全然いいよ」と快くOKいただき、本当に自由度高くやらせてもらえたんです。
2、3回ほど打ち合わせして内容を詰めたあとは、発売スケジュールに沿って巻ごとに先生が描きおろししてくれるイラストを、毎回どう切り取ってどう配置するかレイアウトを考えたり、ナンバリング(第何巻かを示す数字)の位置を変えていったりしました。キャラクター部分には、当時流行っていたUV加工でテカリもつけましたね。
――メインキャラとは別に、表紙と裏表紙には他のキャラのイラストもモノクロで添えられていますよね(※19巻からはサブキャラもすべてカラーになる)。
シマダ:これは先生のアイデアですね。打ち合わせで「もう一体お願いします」と相談したときに、モノクロで他のキャラも入れていこう、と。
毎巻、先生から新しいイラストが届くのを楽しみに待っては「すげー、こんな風に描いてくるんだ」とびっくりしていました。フリーザ編の20巻ではフリーザの足元に崖が描かれていたり、21巻では背景の一枚絵も差し込まれていたり、キャラだけのイラストから突然趣向を変えていらしたんです。その巻の収録話からどのシーンをどうつまむか、いつもご自身で考えていらっしゃったんじゃないでしょうか。
『ドラゴンボール』完全版21巻
――シマダさんから「このイラストはこう変えてほしい」とオーダーしたことはあったんでしょうか?
シマダ:それがまったくないんですよね。
どの漫画の装丁もそうなんですよ。カッコいいイラストがあれば、レイアウトをどう組もうが、バチコーンとハマる。こちらからの指示なんて無用で、絵で完結しているんです。
シマダさんが完全版表紙で一番気に入っているという22巻。フリーザ編でとうとう超サイヤ人になった孫悟空が描かれる。「とにかくイラストが好きですね。筋肉ですよ。こんなムキムキ感、今までありましたか?」(シマダ)
――読者としてうれしかったのが、背表紙です。全巻並べると一枚の絵になる、ジャンプ・コミックス版でおなじみの仕掛けが、完全版にも施されています。
シマダ:これは打ち合わせのときに担当編集さんの意向で決まりました。子どもの頃にコミックスを集めていたファンのみなさんもわくわくしますしね。
全何巻になるのかわからなかった連載当時と違い、完全版は34巻になることは決まっていたので、全冊並べた場合の長さを測って、あとは先生に「これぐらいの大きさでお願いします」と全てお任せしました。キャラクターたちのカーレースになるなんて思いもしませんでしたね(笑)。
――表紙・裏表紙の内側(見返し)には全巻共通して、神龍が描かれています。『ドラゴンボール』は悟空たちがどれだけ強くなろうがドラゴンボールと神龍が重要な位置を占める物語なので、その象徴のようでときめいてしまいました。
シマダ:これは私からの提案でした。ジャンプ・コミックス版の背表紙では1~7巻にかけて神龍が描かれているのですが、それを見返し部分に登場させたかったので、鳥山先生にイラストをお願いしたんです。
表紙が赤に変わった分、やはりここはと先生の好きな緑色にしていただいて。かわいいタッチがほしかったのでマジックマーカーのような太い線で依頼し、このようなテイストに仕上げてくださいました。
――ブックデザイナーの立場から、『ドラゴンボール』に感じている魅力はありますか。
シマダ:やはり絵の巧さですね。ページをめくっていると、「飛び出す絵本」を読んでいるような迫力、立体感があるんです。
あとは線のキレイさ。コマの1つ1つが、それぞれイラストとして成立するくらい完成度が高いですよね。これを週刊連載で、アシスタントさんがほとんどいない状況でよく描かれたなと、今でも思います。
――物語についてはいかがでしょう。
シマダ:悟空とその仲間たちのチームワークには強く惹かれました。
強大な敵がやってくるたびに、一緒に修業して強くなって、戦闘中もギリギリまで力を合わせて、一つの勝利を掴み取る。我々ブックデザイナーの仕事も、一人がみんなに指令を出すだけの“軍団”になってしまってはダメなんです。チームワークがよくないとできない商売だと思っているので、そこにも共通するなと思います。
特に、ピッコロと悟飯の修業生活は印象に残っています。弱かった弟子が師匠の背を見てどんどん育っていくのはデザイナーの世界にも通じていて。僕も先輩のもとで「もっとうまくならなきゃ」ともがいていた日々を思い出しました。
――レイアウトができるというハッタリから修業を重ね、いまこうして一流のブックデザイナーになられているわけですけれども。漫画の装丁という仕事において、シマダさんが一番やりがいを感じる瞬間はいつでしょうか?
シマダ:手掛けた作品が、売れたとき。ほかはありません。
書店に並んだときにいかに人の目を引いて、所有したくなるデザインにできるか。『ドラゴンボール』完全版なら赤にしたように、色で勝負するのか、タイトルロゴのレイアウトで勝負するのか。アプローチはさまざまですが、ちゃんと売れるものをつくれたら勝ちです。
「今回は遊んでください!」とご依頼を受けたら、自分なりにとことん自由にデザインしてみることもあります。ですがどんな場合でも作家さん、編集者さん、読者のみなさんの喜ぶ顔を思い浮かべながら取り組むことは常に心がけています。
本来なら漫画の表紙もすべて、作家さんが描きたいものを描くのが一番なんじゃないでしょうか。デザイナーがどうこう言うよりも、そっちのほうが絶対売れるので。
でもそれができないときにご依頼をいただくわけで、作家さんと話し合いながら向こうのやりたいこと、正解を一緒に探しながらデザインをつくり上げています。作品が主役で、ちょっとでも面白く見えるようお化粧するのが僕たちの仕事です。
写真:鶴田真実
撮影協力:Bar LSD(東京都渋谷区桜丘町30-10青野ビル2階)
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