2021.09.10
ドラゴンボール好きなら「重力」と聞いてピンとくるはず。地球の10倍もの重力がかかる界王星、ナメック星へ向かう宇宙船のトレーニングルーム、そして精神と時の部屋。こうした場所でキャラクターが修業するシーンを思い出す方も多いでしょう。
ところでこの重力トレーニング、現実に「効果」はあるのでしょうか。強い重力のもと修業すれば、悟空やベジータのように身体能力を飛躍させられるのでしょうか。誰もがうっすら感じていたこの疑問に脳科学の観点から「解」を提示したのが中部大学の平田豊教授です。
今回、そんな平田教授にお伺いしたのが「重力と身体能力の関係」。強い重力が人体にかかった場合のシミュレーションから、重力で身体能力が向上するメカニズム、さらには科学的に証明された「最強の修業に必要な条件」まで。さまざまなトピックから、あの修業シーンを掘り下げます。
これを読めば、あなたの頭の「戦闘力」が上がるはず。ドラゴンボールの修業シーンを楽しむための「頭の修業」に少しばかりお付き合いください。
取材・文:加藤まさゆき(写真左)
理科教員でライター。専門は生物学。ドラゴンボールが『週刊少年ジャンプ』に連載されていた10年間に小・中学生時代を送った生粋のドラゴンボール世代。好きなシーンは天津飯がピッコロに魔封波を放つところ。
語り手:平田豊さん(写真右)
中部大学工学部教授。専門はシステム神経科学、生体情報工学。2018年に、過重力環境が人間の運動学習を促進させることを国際会議で発表し、話題に。好きなドラゴンボールのキャラクターは亀仙人。
※取材はリモートで実施しました
これまで散々説明されてきたと思いますが、改めて平田教授の研究内容を教えてください!
「運動の学習が脳内でどのように実現されるか」を調べています。特に「重力と運動学習効率の関係」に興味を持っていて、実際に過重力下(注:地球の重力加速度1Gを上回る環境)で人間やキンギョの運動学習が向上することを実証しました。
強い重力によって能力が上がる、というのはドラゴンボールの世界そのものですね……。ちなみに平田教授ご自身も、強い重力の中に身を置いた経験がありますか?
悟空やベジータほどではありませんが、実験の過程ではもちろんありますよ。といっても2Gほどですが……。
【実験で使われた装置「ジャイロラボ」。普段は航空自衛隊の入間基地でパイロットの飛行訓練に使われている。装置の回転で生じる遠心力で重力が上がる仕組みで、3.5Gまでの重力を人工的に発生させられる(写真:平田教授提供)】
2G、ですか……。作品では20Gや100Gといった規模なので、正直小さく感じてしまうのですが……。
いやいや、2Gでもかなり負荷が大きいです。体重が突然2倍になるので、体全体がズッシリ重くなります。鼻をかくために腕を上げるだけでもキツいし、上手に座らないと腰や背中を痛めてしまいます。下手をすると脳に血が回らなくなって失神しますよ。最初は3Gで実験を始めたのですが、私を含む被験者が失神すると実験が続行できないので、2Gに落としたほどです。
【被験者として装置に乗り込む平田教授(写真:平田教授提供)】
失神! では、作品に登場するような100Gや300Gの重力で、人間はどうなってしまうのでしょうか。
自分の上に自分が100人覆いかぶさるのと等価な負荷がかかりますから、失神どころか、間違いなく骨が折れてしまうでしょうね。
【ブリーフ博士も仰天する300Gの重力】
300Gに耐えたベジータってスゴいんですね……。
負荷のかかり方をもう少し詳しくお伝えしましょう。強い重力が垂直方向にかかると、下へ引っ張られる力に心肺機能が対応できず、脳に血液が送られなくなります。それで失神し、同時に筋組織や骨がダメージを受けるという流れです。仮に気を失わなくても、立ってはいられないでしょうね。
気を失う悟空やベジータを見てみたい。
ただ、四つんばいになれば力が分散するので、原理上は、直立時よりも負担が小さくなるはずです。作品では、悟空が腹ばいで強い重力に耐えるシーンがありますね。あの悟空の体勢は、重力の負荷を小さくする上で理にかなっているんです。
【仙豆を食べるためにほふく前進する悟空】
素朴な疑問ですが、重力の違う環境で育った生物は、見た目や能力も違うのでしょうか。というのも、「主人公が地球よりも重力の小さな星に行って住人に怪力扱いされる」みたいなシーンを、子どもの頃にマンガで読んでいたので、ドラゴンボールの「強い重力=高い戦闘力」の図式をわりと素直に受け入れていたのですが。
おおむね「違ってくる」と言えるでしょうね。強い重力のもとで生活するには、その重力に耐えられる筋力が必要です。おのずと、重力の小さなところで育つ生物よりも力は強く進化すると思います。
なるほど。たしかに地球よりも重力の大きな界王星には悟空が追いつけないほど俊敏な猿(バブルス)がいました。でも、生物教師の視点からすると、やや納得のいかない部分もあるんです。
どの辺りが?
「体の大きさ」が変数として入っていないところです。「重力によって陸上動物の巨大化が制限される」という自然界の大原則がありますよね。この原則に従うと、強い重力のもとで育った生物は小型になるはず。たとえ力の差があっても、最終的に体の大きな方が勝つ、というパターンはありえないのでしょうか。
どうでしょうか。そもそも、重力と生物の体の大きさの関係はそう単純ではありません。たしかに、重力の影響で縦に巨大化するのは難しいですが、水平方向には重力の制限を受けづらく、横には巨大化できます。直立歩行が無理でも、四足歩行で支えられます。ムカデやトカゲのような生物は、重力の影響を受けにくいと言えるでしょうね。
重力の強い環境でも、ワニのような形に巨大化できると。
そういうことになると思います。
地球にいる個体の10倍くらい筋力の強いワニ、悟空のいい修業相手になりそう……。
重力が生物の体に及ぼす影響が分かったところで、ここからは重力の「修業効果」について詳しくお伺いしたいです。
はい。生物の運動能力は「上手な筋肉の動かし方」を脳が学習することで高まります。筋肉や骨格などのハード面よりも大事なのは「学習の質と量」。トップアスリートと普通のアスリートの違いもそこにあります。トレーニングを積むとは、本質的に「筋肉に最適な命令を送れるように、脳の神経回路内の信号の流れを調節(学習)すること」なんですね。
なるほど。では、ナメック星へ向かう宇宙船や精神と時の部屋では、悟空やベジータの神経回路が最適化された、と言えるのでしょうか。
【ナメック星へ向かう宇宙船で重力トレーニングを積む悟空】
そう考えていいと思います。厳密には、強い重力で彼らの小脳の神経回路が効率的に最適化されたという表現になるでしょうね。運動の学習を主に司るのは小脳ですから。
なるほど。僕は原作を読みながら「100倍重いバーベルを持ち上げたら、100倍の重力をかけた時と同じ効果が得られるのでは?」と思っていたんですよね。「重力を変化させるまでもなく、筋トレで十分じゃ?」と。でも、「神経の強化」という側面から修業の効果を説明されると、重力を変える理由にも納得できます。
ところで、悟空やベジータは長期間の重力トレーニングを行いますが、平田教授はそうした長期間の過重力実験を実施する予定はありますか?
もちろん想定はしています。ただ、過重力の環境は人体への負荷が大きく、実施のハードルが高い。だから、無重力の環境で実験をしたいと国際宇宙ステーションでの公募実験に申請したことがあります。「面白い研究だ!」と科学的には高い評価をもらえましたが、結局「宇宙飛行士の時間を取り過ぎる」として採用されませんでした。
宇宙で訓練したら、リアルにドラゴンボール感があって楽しいのに。
無重力だと、過重力とは逆の結果(運動の学習がなかなか進まない)が得られる可能性がありますけどね。
強い重力をかけると運動学習の効果が上がる。その際に脳内で起こっていることを、詳しく教えてください。
まず、強い重力がかかると、耳の奥の感覚器官(耳石器)から普段より大きな出力がなされ、その信号が小脳を強く刺激します(下図①・②)。
【重力が脳の神経細胞に影響する仕組み(資料:平田教授提供)】
その状態でトレーニングをすると、運動の誤差(意図した動きと実際の動きの差)を小さくするために生じるシナプスの伝達効率変化(ある細胞から次の細胞にシナプスを介して信号が伝わる効率の変化)が通常より速まり(同図③)、学習が促進されると考えています。これが過重力の環境で運動能力が向上する脳内メカニズムです。ドラゴンボールの重力トレーニングも、現在の神経科学ではこのように解釈できます。
こんなに詳しく分かっているとは……。では、過重力以外に「シナプスの可塑性(シナプスの働きを変化させること)を促進する条件」が分かれば、「最強の修業方法」を編み出せるのでは!?
その条件は少しずつ明らかになっています。私たちが見つけた、運動学習を促進するもう一つの条件、それは「強い光」です。
……光、ですか。
そうなんです。サルに強い光を浴びせた場合とそうでない場合で,小脳の同じ神経細胞の活動を比較したところ,前者のほうがより活発に活動していたのです。これはキンギョでも同様でした。そこで、強い光のもとキンギョにトレーニングさせたところ、暗い環境で同じ時間トレーニングさせた場合に比べ,より速く、多く学習が進むことが確認され、強い光が運動学習能力の向上に効果があると結論付けました。
なるほど。そういえば、精神と時の部屋は空まで真っ白ですよね。原作では触れられていませんが、この「真っ白で明るい」という環境も悟空やベジータの運動学習能力向上に寄与していたと言えるのでしょうか。
【精神と時の部屋はひたすら白い】
はい。薄暗い部屋よりも効率的に学習が進む条件になっていたと言えると思います。
さらに修業の効果を高めるには、tDCSとTMSが有効かもしれません。
何ですか……それは。
【tDCSを使った実験の様子(Yokoi and Sumiyoshi. 2015/Wikimedia Commons)】
簡単に言うなら、人工的に脳へ刺激を与える方法です。tDCSは脳に直流電流を、TMSは磁気刺激を与えることで、神経細胞の活動を促進し、運動学習の効果を高めます。実際に、医療現場でもリハビリなどに活用されていますよ。
えっ……これ……。
どうしたんですか?
この装置、頭に装着すると運動学習の効果が高まるんですよね? 僕、今すごいことに気が付きました。ナメック星の最長老が、クリリンの頭に手をかざしてクリリンの潜在能力を引き出す、という超能力を使うんですよ。もしかするとこの時、最長老はtDCSやTMSの原理を応用して、クリリンの小脳の神経細胞を活性化させていたんでしょうか。
【最長老の能力は脳科学的に実証されていた?】
そうですね。これは装置と同じように、最長老の手から直流電流か磁気が出ている可能性があると思います。
マジかーー! 最長老の能力の秘密が科学的に明らかに!
ただ小脳は後頭部にありますから、もう少し手を後ろにかざすと、より効果が出やすいでしょうね。
さすが、専門家の指摘は丁寧ですね。
話は横道にそれますが、せっかくですから平田教授とドラゴンボールの関係についてもお聞かせください。研究を進めるにあたって、作品のことは意識していましたか?
当初はあまり意識はしていなかったんです。でも、ある時、僕より年下のドラゴンボール世代の学生たちが「この研究はドラゴンボールのあのシーンですよね」と盛り上がって。そこからうっすら意識するようになりました。学生たちに単行本を借りて読み直しましたよ。
僕もDB世代なので、あの研究内容を聞いただけで「おおっ!」となりました。平田教授も若い頃からドラゴンボールに親しんでこられたのですか?
そうですね。子どもの頃は『週刊少年ジャンプ』をずっと読んでいましたから。でも、僕らの世代で鳥山先生の代表作と言えば『Dr.SLUMP』かな。ドラゴンボールの連載が始まったのは高校生の頃でした。
連載をリアルタイムに読んでいた世代、ということですね。すごい。当時好きだったエピソードやキャラクターを教えてください。
少林寺拳法を習っていたので、天下一武道会にまつわるエピソードですね。好きなキャラクターは亀仙人。変装して弟子と戦ったり、ブルマのお色気目当てに頑張ったり。愛らしいキャラですよね。
さて、重力と身体能力の関係を深掘りしてきましたが、これまでに出た情報を踏まえ、僕ら人間が挑戦できる「最強の修業」に必要な要素を考えてみましょう。まず強い重力。
そうですね。でも骨折や失神の可能性があるので、あくまで適度な重力。地球の10倍でも危険ですね。自分9人を背負ってジャンプすることは、常人にはまず不可能だと思うので。
【界王星で高く跳躍する悟空】
そして強い光。
そうですね、すごく明るい部屋で修業する。さらには、先ほど説明したtDCSやTMSの使用ですね。
よく理解できました。明るい部屋で、頭に電極を置いたまま、適度な重力をかけつつ体を動かす。
それが私たちにとって、もっとも効果的な「修業」の方法かもしれません。
しかしアレですね、少年マンガで頭に電極を置いているキャラクターが出てきたら、それ確実に悪役ですよね……。
以上、平田教授に脳科学の側面から「ドラゴンボールの重力トレーニング」をご解説いただきました。
平田教授のお話は、重力と脳科学を接続する刺激的な内容であると同時に、作品を読んでいて生じた素朴な疑問点を埋めてくれるものでした。
自分にとってあれほど非現実的だった作品の世界が「もしかしたら実現できるのかも……」と思わされたタイミングは一度や二度じゃありません。こういう想像ができるのも、大人になって作品を読み直す醍醐味ですね。
アスリートたちが悟空のように「よし! 今日は5Gだ!」と人工重力装置のスイッチを押しながらトレーニングに励む未来は、そう遠くないのかもしれません。
このサイトは機械翻訳を導入しています。わかりにくい表現があるかもしれませんが、ご了承ください。
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