2022.07.28
「あなたも人造人間になられたのですね」
「うむ 永遠の生命がほしくてな」
ドラゴンボール「人造人間・セル編」の闘いを巻き起こした張本人であり、自らをも改造して人造人間20号となった科学者、ドクター・ゲロはそう言いました。孫悟空を倒すことを最終目的とし、その手段として永遠の生命を追い求めたのです。
ドラゴンボールの世界には及ばないとはいえ、私たちが暮らす現実世界でも科学技術は目覚ましい発展を遂げています。ドクター・ゲロと同じように、人造人間となって不老不死を実現することは可能なのでしょうか。
この疑問に対して1つの回答を示しているのが、脳神経科学を専門とし、意識の神経メカニズムを研究する東京大学大学院 工学系研究科 准教授の渡辺正峰さん。「機械に意識をアップロードすることで不老不死を実現できる」と話します。
はたして人類はドクター・ゲロを超えられるのか。最新の研究成果をもとに語っていただきました。
語り手:渡辺正峰先生
東京大学大学院 工学系研究科 准教授。1970年千葉県生まれ。1993年東京大学工学部卒業、1998年東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了。2000年から2001年にかけて東京大学大学院 工学系研究科 助手、2001年より同助教授。カリフォルニア工科大学留学などを経て現職およびドイツのマックス・プランク研究所 客員研究員を務める。著書に『脳の意識 機械の意識』(中公新書)など。2022年5月、同書を増補した英語版“From Biological to Artificial Consciousness: Neuroscientific Insights and Progress (Springer)” が発売された。
聞き手:多田慎介
1983年生まれのフリーライター。四人きょうだいの末っ子。兄たちの影響で、物心ついたころにはアニメ『ドラゴンボール』を毎週欠かさず見るようになっていた。好きな敵キャラクターは栽培マン。
——「機械に意識をアップロードする」とはどういうことですか?
渡辺:人間の意識を、記憶や感情を含めそのままの状態で機械と一体化させ、生き続けるための技術です。ドクター・ゲロの話に入る前に少しだけその前提を説明させてください。
そもそも「意識」って何だと思いますか? 一般的な日本語では「○○を意識する」など、何かに注意する意味合いで使われることが多い言葉ですが、 脳科学における意識の定義は少々異なります。
「意識」を分かりやすく説明するために、「見える」という感覚を取り上げてみましょう。人間の脳とデジタルカメラの違いは何でしょうか。
人間の脳もデジタルカメラも、顔を検出してそれに焦点を合わせることができます。機能としては全く同じ。だけど脳がその機能を発揮するとき私たちに「“見える”という感覚が生じる」のです。
専門的には 「脳が情報処理をしたときに主観体験が伴っている」という言い方をします。脳はあくまで物質で、働きとしては電気回路に過ぎないのに“第一人称”が生じます。これが我々の定義する意識です。
例えば同様に電気回路であるラジオに主観、すなわち、「ラジオになった感じ」があるとは到底思えないですよね。人間の脳も同じで、頭蓋から取り出してスライスしてしまえば、顕微鏡下でその働きを観察できる電気回路に過ぎない。
だけどそこに第一人称的な主観、「脳になった感じ」が間違いなく湧いています。「景色を見る、音を聴く、何かを思い出す、考える」、これらすべては脳の働きに伴う主観、つまり、意識です。脳に意識が湧くのは、とても不思議なことなんですよ。
——「見える」という感覚が生じる。脳に主観が湧く……。言葉では整理できても、理解がなかなか追いつきません。
渡辺:無理もないことだと思います。脳科学を専門的に学んでいる人でも、すんなりと理解できる人は実はあまりいません。
理解の助けとするために、具体的な実験の例を紹介しましょう。 「両眼視野闘争」という錯視を引き起こす視覚刺激の実験です。
少々物騒な名前が付いていますが、両眼視野闘争とは人間の両方の目が意識に上る視野をめぐって闘争すること。 右目に縦縞(たてじま)、左目に横縞(よこじま)といったように、全く異なる図形を与えることで、眼球間の意識の奪い合いを誘発するのです。
すると錯視が起き、実際に図形を見ている人は 「縦縞が見えるときと横縞が見えるときが切り替わっていく」ことを実感します。
実際に体験してみましょう。 縦縞が見えるときと横縞が見えるときが数秒ごとに交互に切り替わっていきませんか。
両眼視野闘争の図
——右目と左目、それぞれに視覚刺激(※1)が入り続けるのに、「見える図形」が切り替わっていくのですね。
渡辺:はい。これは「左右の眼球に与えられる2つの刺激のうち、片方だけに脳の主観が伴っている」ということ。訓練されたサルの脳計測の実験から、その瞬間見えている刺激も、見えていない刺激も、脳が計算処理を行っていることが知られています。
左右の眼球に別々の視覚刺激が与えられ、そのどちらの刺激も脳としては処理しているのに、主観が湧き、「見える」と感じているのは片方の刺激だけ。ここから、脳が情報処理を行うのと、「見える」が生じるのは別物であることがわかります。
両眼視野闘争におけるサルの実験
——この「意識」を機械に宿すことは可能なのでしょうか?
渡辺:答えはイエスです。脳は少しばかり手の込んだ電気回路に過ぎず、その電気回路としての特性を過不足なく再現できれば、機械にも意識が宿るはずだと多くの研究者が考えています。
私は意識研究を一層進めるために、 人工物に意識を宿す試みを通して、意識のメカニズムを解き明かす必要があると考えています。ここで鍵を握るのは、機械の意識をテストする方法です。
「哲学的ゾンビ」という概念をご存じでしょうか。見かけや行動は人と変わらないのに、意識だけを持たない存在です。単に機械に問いかけて反応をみたり、その中身を解析したりするだけでは、哲学的ゾンビではないことを証明できません。つまり、機械に宿ったかもしれない意識の有無を客観的に知ることはできないのです。
そこで私は、機械の主観を自身の主観を持って味わうしかない、すなわち、「自身の脳を機械につないで、それに意識が宿ったか否かを自らの意識をもって体験するしかない」との考えに至りました。
——渡辺さん自身の脳を機械につなぐ。つまり機械と一体化するのですか?
渡辺:そうです。
私が提案する 「人工意識の主観テスト」の鍵を握るのは、左右の脳半球が独立して視覚的な意識を宿すことです。これはノーベル生理学医学賞を受賞したロジャー・スペリーの研究が示しています。具体的には、脳の左半球は視界の右側、右半球は視界の左側の意識を生じさせ、それらが何らかの形で合わさって1つの視覚的意識を生んでいます。
その状況で、片方の脳半球を機械に置き換えたらどうなるか。残った脳半球に宿る私が、機械半球が担当する側も含めて、ズバッと両視野を1つのものとして体験することができたなら、 機械半球にも意識が宿り、それが私の意識と統合したと言えます。
ここまでくれば後は、生体半球の記憶を機械半球側に移せば「機械への意識のアップロード」が完成します。
——まるでSFの世界のようなできごとが現実になると。
渡辺:ただし、この実験を完遂できなければ、単なる思考実験に過ぎず、ファンタジーのままになってしまいます。私は、自分自身が生きている間に何としてもこの実験をやり遂げたいと考えています。動物実験を通して十分に開発を進める必要はありますが、私の余命宣告に合わせて自分自身で試してみるつもりです。
現段階では、脳半球同士を精巧につなぐためのBMI(ブレーン・マシン・インターフェース※2)という装置の開発も道筋が見えてきました。私が提案する新型のBMIにより、ヒトの左右半球をつなぐ神経繊維について、質、量ともに再現することが可能になります。この先の目標として、20年以内には意識のアップロードを実現したいと考えています。
人工意識の脳半球接続テスト 「脳の意識 機械の意識」(中央公論新社)より イラストレータ:ヨギトモコ
(※1) 目に入る可視光線(人間が見える光)を指す。
(※2) 脳波や脳情報などを読み取りその命令でコンピューターを動かしたり、感覚器を介したりせずに人に視覚や味覚等を与える技術や機器(インターフェース)のこと。
——技術的な方向性は全く異なるものの、今のお話が成功すれば、ドクター・ゲロが目指した永遠の生命を実現できるのですね。
渡辺:ドクター・ゲロのように生体のままで不老不死になるわけではありませんが、脳を機械化することで結果的には永遠の生命を実現できると考えています。
ドクター・ゲロは、自身の体をいかに長持ちさせるかという方向で研究していましたね。しかし、現実世界では人間の寿命そのものを、生体の機構を変えることで永続化するのは今の技術では厳しいと思います。
——脳を機械化した後、本人はどのような形で生きている感覚を得られるのでしょうか。
渡辺:まず脳内のデジタル空間においては、自分の神経を計算するスーパーコンピュータによって、その気になればゲームの世界のように何でも好き放題にできる仮想現実の中で生きていくことができます。現実世界と全く同じように生きることもできますし、自分が思い描く理想の暮らしを体験することもできるのです。
一方で、現世に戻りたいと思うなら、アバターをスーパーコンピュータに接続すれば、現実社会の中で生活することもできるでしょう。
ちなみに私は、機械にアップロードされたなら宇宙へ行ってみたいと考えています。その際には 私自身は小さな箱となり、わずかなエネルギーで遠い宇宙へ飛んでいけるようになっているはずです。
意識のアップロードのイメージと提案する新型BMI イラストレータ:ヨギトモコ
——ドクター・ゲロは全部で20体の人造人間を作りました。このうち、16号と19号はゼロから作られた全人工製の人造人間です。この2体には意識が宿っていたと考えられますか?
渡辺:意識が宿っていた可能性もある、とは考えられます。
先述の「哲学的ゾンビ」でも示した通り、ドクター・ゲロが作った人造人間16号や19号が、闘いの中で恐怖の感情を示したとしても、そこに意識があるとは言い切れません。
恐怖の感情を示すようにプログラムされているかもしれないし、学習しているかもしれないと私は考えます。同様に、孫悟空の少年時代に登場した人造人間8号(ハッチャン)の優しさも、意識があるからだとは言い切れないんですよね。
——ドクター・ゲロは、最終的には自分が作った人造人間(17号と18号)に破壊されてしまいます。自分が作った機械の意識をうまくコントロールできなかった。この失敗について渡辺さんはどう思いますか?
渡辺:現実的な問題として、機械に意識を宿らせる上でうまくいかない可能性はたくさんあると思っています。機械に意識を宿らせる際には、人の意識と統合しやすいように人の脳をまねて作り、学習をさせますが、ほんのちょっとの失敗で悪魔的な意識が宿ってしまうこともあり得るでしょう。
SF作家のアイザック・アシモフはその作品内で、安全なロボットを作るため、ロボットが従うべき「ロボット三原則」(※3)を提示しました。機械に意識を宿らせる上でもこの三原則にのっとるべきだと思います。現実の世界でも、深層学習で作ったチャットbotが意図しない発言を連発してしまうなど、思ってもみない結果につながることがありますから。
——人の脳を機械に移植して人造人間を作ることは現実世界で可能ですか?
渡辺:先ほど話した、現在開発している「BMI」を使えば、将来的には人造人間が誕生する可能性はあります。意識のアップロードが現実のものになる頃には人の脳を機械に移植して実現できるかもしれません。ただ、脳そのものは人間のパーツだから、寿命が来てしまう懸念点はありますね。
——自らが実験台となり、自身の体を改造し、永遠の生命を手に入れるため人造人間になったドクター・ゲロに対して、渡辺さんは同じ科学者としてどのような印象を抱きますか?
渡辺:ドクターゲロの目的はさておき、科学者として、自分の体を改造するリスクを取ってまで実行したことはあっぱれだと思いますよ。
ドラゴンボールの世界においては、孫悟空をはじめとしたZ戦士がさまざまな強敵に勝利し、闘いのたびに強くなっていく中で、ドクター・ゲロは自身が造ったコンピューターによって究極のバイオ人造人間である「セル」を生み出しましたよね。
彼は、科学者としてドラゴンボールの世界で次々と強敵を生み出した、ある意味物語に貢献した人物だと言えるのではないでしょうか。もちろん、その悪しき目的については共感できませんけどね(笑)。
(※3)第1条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第2条:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合はこの限りでない。
第3条:ロボットは前掲第1条および第2条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなればならない。
写真:齋藤大輔
このサイトは機械翻訳を導入しています。わかりにくい表現があるかもしれませんが、ご了承ください。
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